株式会社エマリコくにたち

拝啓、うまい!に背景あり

社長のBLOG

2023.09.23

魔法のコトバ

拝啓 東京農業を応援いただいている皆様

唐突だけど、私が個人的に好きなアーティストはスピッツで、高校のときからよく聴いている。
なかでも『魔法のコトバ』という歌がとても好きである。
スピッツらしいちょっとだけ哀愁あるけれど爽やかで明るい旋律、そして抜群の歌詞。ぜひ聴いてみてほしい。

そういうところで、「魔法の言葉」という語彙が使われている文章に出会った。
ネット上で見つけたオーガニック給食についての文章である。

農文協の解説委員氏いわく。
ーーー
有機給食をめぐっては、(中略)利害や立場のちがう人々が合意形成をはかっていかなければならない。だが、「『子どものために』という言葉は、関係者それぞれの立場その他の違いをやすやす飛び越えて、それぞれの感受性に訴える『魔法の言葉』と言えないだろうか」(『有機給食スタートブック 考え方・全国の事例・Q&A』より)。
ーーー
ここでは、「魔法の言葉」をポジティブな意味で書いている。その旗の下では、利害関係を超えられるはず、というわけだ。

スピッツの歌詞にもいう。
「魔法のコトバ 口にすれば短く だけど効果はすごいものがあるってことで」

しかし、恋人どうしではよいが、政策議論のなかでは魔法の言葉には危うさが伴う。
なぜやすやす飛び越えられるのか?魔法の言葉の下では、反論が封じられるからだ。
魔法の言葉の代表例は、「神の名のもとに」といったものだが、ろくな結果にはなりはしない。

有機給食を以前からやっている地域は、しっかりと人間関係という土壌を作りながら進めてきた。しかし、いま、一足飛びにやろうとする人たちもかなりいる。

「土壌作り」は、本来、有機の本分のはずだ。
これは言葉遊びではなく、「有機農業」の語源には、人と人が有機的につながる農業、という含意があると私は理解している。
魔法の言葉に頼ろうというのは、先人たちに叱られるのではないか?

みんな、なんとなく、有機はよいものだと思っている。しかし、その実態をしっかり理解している人は少ない。

なんといっても、有機農業運動が始まったのは私が生まれる前の話である。
それなのに、現在、有機認証のほ場は、日本全体の0.6%にすぎない。
これは過去10年で5割拡大したのだが、それでも1%に達しない。どうして、こんなにも長い期間があって、この程度なのか?
もちろん有機が悪いという話ではまったくないけれど、普及には何かしら問題があり、しかも時間をかけても解決しなかったという冷徹な事実をふまえる必要がある。

それなのに、「子どもたちのため」という言葉があれば、「やすやすと飛び越えられる」と言う。おかしくはないだろうか。

政策の実践段階になったときに、本当に、有機農家、慣行農家、農協、学校、行政の立場の違いを飛び越えられるか?

たとえば、一部の自治体においては、学校給食は農家にとって貴重な販路である。その販路を有機農家だけで、となれば、コンフリクトは免れないだろう。

そもそも、「子どもたちのため」というのはよくわからない。
安心・安全だということであれば、厳格な農薬基準を守った慣行農法もじゅうぶん安全である。(その証拠に日本の長寿化は進むばかりである。)有機農法の方が美味しい、ということもない。

学校給食については、マイナビ農業で前に書いたのだけど、「どんなものを使っているか」よりも、感動につながることが大事だ。

地産地消の比率が何%であっても、あるいはオーガニック比率が何%であっても、数字がそのまま子どもたちのためになるわけではない。
目標数値を掲げることが悪いわけではないが。

参考:【「なんとなく地産地消」からの卒業】第1回 学校給食で地元野菜を使う意義って?https://agri.mynavi.jp/2020_02_19_108435/

365日の厳選された食材よりも、年に1回でもいいので、感動が生まれる場を作ること。その方がよっぽど素晴らしい教育ではないだろうか。

まさに解説委員氏の文章に、感受性に訴える、という言葉が出てきている。
私たちは地産地消を進める立場だけれど、学校給食の現場で、子どもたちの感受性と対話できているだろうか?

「夢見るとか そんな暇もないこのごろ
思い出して おかしくてうれして
また会えるよ 約束しなくても」(『魔法のコトバ』)

大人になってからも思い出すようなビビットな経験を、どうしたらしてもらえるだろうか?
学校給食や食育は、まずそこから考えたい。

菱沼 勇介(ひしぬま ゆうすけ)
プロフィール

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株式会社エマリコくにたち代表取締役。
1982年12月27日生まれ。
農地のない街・神奈川県逗子市に育つ。
一橋大在学中に、国立市にて空き店舗を活かした商店街活性化活動に携わる。2005年に一橋大商学部卒業後、三井不動産、アビーム・コンサルティングを経て、国立に戻る。NPO法人地域自給くにたちの事務局長に就任し、「まちなか農業」と出会う。2011年、株式会社エマリコくにたちを創業。一般社団法人MURA理事。東京都オリジナル品種普及対策検討会委員(2019年度〜2021年度)。

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